2014年3月26日 (水)

【重要なお知らせ】ラフブロサービス終了について

ラフブロは、2014年3月31日(月)をもちまして終了となりました。
よしもとタレントブログはYahoo!ブログ(http://blogs.yahoo.co.jp/)に移行しております。
引き続き、宜しくお願い致します。

2013年10月10日 (木)

帰郷

その場所には10年前と変わらず、不気味に湾曲した木々が鬱蒼と生い茂っていた。思い出したくもないこの島に帰って来たのには理由がある。小学校の卒業式の日、この場所に埋めたタイムカプセル。それを掘り起こしに来たのだ。

俺は18で生まれ育ったこの島を離れた。両親と4つ上の兄と絶縁した。兎に角、俺はこの島が、島の人間が、島で育った家族が嫌いだった。田舎特有の生温い人付き合いと、他者に対する排他的で冷酷な視線に吐き気すら覚えていた。最低限の荷物と金を持って上京した。
そこには何も無かった。
いや、そこにも何も無かったのだ。
都会特有の他者に対する排他的で冷酷な視線と、生温い人付き合いに新たな吐き気を覚えた。気付くのに時間が掛かった。
何処でも同じなのだと。
俺に何も無かったのだと。

かれこれ二時間近く素手で土を掘り返している。埋めた木の下にナイフで印を入れていた。場所は確かにこの辺りだ。何せ子供が掘った深さだ。見つからない方がおかしい。額から零れた汗が眼に入り視界が滲む。
誰かに掘り返されたのか?
湧き出る物が冷や汗に変わった。
アレを取り戻す為に俺は島に帰って来た。
アレが俺の全てを変えてくれると信じて。
アレが無いと俺はもうお終いだ。
別の成分が視界を滲ませた。
ここにロープでもあればいい。
この島で死ぬのも悪くない。
俺はこの時全てが解った。
俺はこの島を嫌悪する事によって、自分を嫌悪する事から逃げていたのだ。
田舎特有の生温い人付き合いは、人を思いやる「優しさ」だったんだ。
他者に対する排他的で冷酷な視線は、島を守る為の「強さ」だったんだ。
視界が完全に遮られた。嗚咽はカモメにまで聴こえそうだ。血の滲む両手指にもはや感覚は無い。夢中で掘り返した。土の匂いはこんなにも芳醇だったのかと笑みを浮かべながら。
コツッ...
見つかった。
タイムカプセルだ。
俺は持ち上げ、高く掲げた。
我武者羅に封を開け、アレを取り出した。土が付かない様に、予め用意していたポリエチレンのラップで何重にも巻いた。
全てが変わる。
島を出よう。
俺はフェリーの船頭に立ち、大好きだったこの島の潮風を全身に浴びた。
ヤフオクで7万円で売れる細川ふみえが表紙のスコラを胸に抱いて。

勇敢なる者

「勇敢なる者よ。よくぞこのサージガルフの王の元へ来てくれた。まずは礼を言わせてくれ」
「勿体無い御言葉です。サージガルフの王様」
「この世界に暗雲が立ち込め、古(いにしえ)の大魔王の復活の刻(とき)が近付いている事は、そなたも知っておるな?」
「はい。気付いております。私はいつ何時こんな日が来ても良い様に、剣技を磨き、魔術を修得し、この世界を護るべく鍛練して参りました。予言書の通りになるとすれば、太陽が海に沈む頃には大魔王は復活してしまいます。今すぐに古の洞窟ドバグラグナに向かいたいと思います」
「待て、勇敢なる者よ!」
「!?」
「確かにそなたの剣術はサージガルフでも右に出る者はいない。しかし、修業で激しく刃こぼれを起こしたそなたのレマリアの剣では、決して大魔王を打ち砕く事は出来ぬであろう!」
「ならば王様、私はどうすれば!?」
「この国から遠く南西に、ヌガルチッタの塔がある。その塔の最上階に、かつてティグサスの勇者が大魔王ジグナラードを打ち砕き、そのあまりに強大な力を悪用される事を恐れ納めたと言われている、バークレィグの大剣がある。その剣を手に入れ、大魔王を打ち砕くがいいわ!」
「承知致しました。すぐにヌガルチッタの塔へ向かいます」
「待て!勇敢なる者よ!」
「!?」
「ヌガルチッタの塔は周りを海に囲まれたピスガラドナの孤島にある。しかも周囲は鋭利な岩壁が散在し、船ですら辿り着く事は不可能なのだ!」
「ならば王様、私はどうすれば!?」
「この国から遠く北東に、ヤーズクレストの祠(ほこら)がある。その祠の最深部、地下十三階におよそ二千年間眠り続けている伝説の神竜、ダグラガイヤーが居るのだ。彼を揺り起こし事情を説明し、抱き抱えて祠から地上に這い出し、彼の背に乗ってヌガルチッタの塔へ向かうのだ!」
「解りました。今すぐヤーズクレストの祠へ向かいます」
「待て!勇敢なる者よ!」
「!?」
「ヤーズクレストの祠の入口は強大な魔力によって封じられておる。その封印を解くにはミーデュラの鏡が必要なのだ。しかし、ミーデュラの鏡はここサージガルフ城の地下の宝物庫(ほうぶつこ)に眠っておるのだ!」
「そうでしたか。今すぐ宝物庫に向かいます」
「待て!勇敢なる者よ!」
「!?」
「宝物庫へは私が立ち会いの元でないと入れない掟(おきて)となっておるのだ。しかし私は昨日の夜から少し熱がある。風邪かも知れない。この王座から立ち上がりたくないのだ。今すぐに城下町の道具屋へ行って私に薬草を買って来るのだ!」
私は右のこぶしで王の鼻っ柱を思い切り殴った。護衛の兵士達が声を揃えて叫んだ。
「勇敢なる者よ!」

2013年10月 8日 (火)

多弁

オレンジの秋の夕陽に照らし出された影がこう言った。
「いいか?俺はお前の影なんかじゃない。たまたまお前が俺の光だっただけだ。お前はまだ九つか十のそこらだろう?俺はこの星の誕生と共に在る。在り続けている。此れからも在り続けるだろう。お前がその生命を亡くし伝承するかどうかも定かではない遺伝子の一欠片またはそのまた一欠片ないしはまたその一欠片が壊滅したとて俺は在り続けるだろう。それは例えばお前の影では無く赤の他人のそれかも知れない。動植物のそれかも知れない。無機物のそれかも知れない。どんな形であれどんな型に成り下がったとて俺はこの星に在り続ける。またそれは決して色を無くす事は無い。赤も青も黄も緑も紫も朱も灰も白もこの夕陽のオレンジさえも呑み込む俺の黒いや漆黒は何千何万何億何兆年といや時間の概念さえも超えて時空の常識すらも超えて記憶の絶対的観念さえも超えて只々在り続ける絶対的な存在なのだから」
ママただいまー!今日ご飯いらないよ!カズ君たちとサッカーして疲れたからもう寝るよ!
電気パチンッ!
カーテンしゃーっ!
「無念!」

2013年9月20日 (金)

空蝉〜うつせみ〜

九月も半ばだというのに真昼の街にはネオンカラーの夏服を身に纏った潮風臭引き連れ助平娘が溢れかえっております。私は衣服を着ておりませんが、推定元野球部ニキビ面警察官は先程から見て見ぬ振りをしております。申し遅れましたが私は特別な存在です。名前は特にございませんが愚民どもは氏(うじ)と呼んで崇め奉っております。私は野外では衣服は纏いません。室内ではごく稀に纏います。好きなブランドはポール・スミスでございます。何故なら私はキレイ目の服装を好んでいるからであります。訂正致します。キレイ目の服装をした方が真面目に見えるであろうという薄企みでございます。再度、訂正致します。ここ六年は室内でも衣服を纏っておりません。何故なら私が特別な存在だからであります。説明し忘れておりましたが、私は現在、日本国 首都 東京 渋谷 に位置しております。所謂センター街、私は夢無残骸錆び付き空間と呼んでおりますが、そちらに位置しております。そちらで嘔吐しております。かれこれ40分、嘔吐し続けております。酒類、またはそれに準ずる飲料を体内に取り入れ、酩酊している訳ではございません。油分の多い料理、または鮮度の落ちた魚介類を体内に取り入れ、体調不良を引き起こした訳でもございません。プレーンに吐いております。右手の人差し指と中指と薬指を喉の奥に突っ込み、時折、三指で喉陰茎を優しく愛撫しながら、かれこれ45分、自らの意思で、嘔吐し続けております。「ラー!ラー!」と喉を派手に鳴らしながら両の瞳から大量の涙を分泌させながら、キチンと吐いております。嗚咽の度に1ml程の尿が漏れております。推定ITクズ ジーンズ後ろポケット刺繍騒がし年二回夜嬢数人引き連れタイ旅行男が見て見ぬ振りをしております。やはり私が特別な存在だからであります。所謂、渋谷センター街のど真ん中での全裸による白昼堂々嘔吐、並びに嗚咽の度の1ml程度の尿漏れ、ひいてはその後の下腹部に力を入れての本当の放尿が許されるのは、やはり私が他の五十何億のお喋り人形どもとは一線を画する、極めて重要で特別な存在であるからであります。しかし、私はこの直後、青信号を猛スピードで直進する大型トラックに向かって身を投げ、自殺に成功するのであります。理由は単純でございます。愚民どもに氏(うじ)と呼ばれ崇め奉られる、神よりも尊く、悪魔よりも美しい、極めて重要で特別で完璧な存在で在るべき私は、己の足元を見て愕然としたのです。右靴下は黒、左靴下は濃紺だったのであります。

2013年7月13日 (土)

「アウト×デラックス」を御覧下さった皆様はもう御存知だとは思いますが、私、コウタ・シャイニングは、本名の中山功太に再改名致しました。会社の皆様、改名の御挨拶をさせて頂いた先輩方、いつも応援して下さっているファンの皆様、本当に申し訳ありません。とりわけファンの皆様は、あきれて物も言えないと思います。中山功太が元々嫌いな皆様は、ますます嫌いになられた事でしょう。中山功太を知らない、全く興味が無い皆様は、いいかげんな人間だと感じたのではないでしょうか。僕が逆の立場なら絶対にそうなります。全て自分の責任です。どんな誹謗中傷も全て受け止めます。言い返す権利も言葉もありません。それと「アウト×デラックス」に於ける矢部さんとマツコ・デラックスさんの「改名の提案」ですが、勿論台本があった訳ではありません。完全なアドリブであり、善意でした。「前室で...」と言う発言がありましたが、前室とはスタジオの外の控え室の事です。そこで矢部さんとマツコ・デラックスさんが本当に親身になって「名前を戻した方がいい」とアドバイスして下さいました。僕は口ごもってしまったんです。他にも沢山の方々に戻した方がいいと言われていましたし、また、戻せない理由も言えませんでした。これ以上御迷惑をお掛けする訳にはいかなかったからです。御迷惑をお掛けした先輩に図々しくもお電話で御相談した所「俺は全然いい。頑張って」と仰って下さいました。自分が本当に馬鹿でどうしようもない程情けない人間だと痛感しました。僕が「アウト×デラックス」の二回目の収録に呼んで頂けたのは、矢部さんとマツコ・デラックスさんがスタッフの方々に「何とかしてあげたい」と仰って下さったからです。そして視聴者の皆様が番組のサイトに沢山の応援メッセージを送って下さったからです。心から感謝しています。そして矛盾する様ですが僕は「自分の為に」あの番組にもう一度出たいと思いました。「改名しない」という選択もあったと思いますし、その方が人として正しい事は解っていましたが、結局は自分が可愛かったんです。ピン芸人 中山功太は、タレント コウタ・シャイニングになると宣言して、一秒もタレントになれず、ピン芸人 コウタ・シャイニングになるも、再びピン芸人 中山功太に戻りました。もう無茶苦茶です。客観的にみて人間のクズです。ずっと逃げ回って来ましたが、もういよいよ逃げ場はありませんし、無くしてしまったのは自分自身です。「応援して下さい」とは口が裂けても言えませんが、もう逃げません。絶対に売れます。面白いネタを作り演じます。テレビやラジオで面白い事を言います。全ては「自分の為に」です。長々と失礼致しました。
中山功太

2013年7月 3日 (水)

第二回単独を終えて

コウタ・シャイニング第二回単独ライブ「tokyo shining second vibration」を観に来て下さった方々、本当にありがとうございました。関西や遠方からお越し下さった皆様、いつも本当にすみません。前回同様、ただただ新ネタをやるだけのライブでした。約二時間ネタのみ、というのはお客様の立場で考えるとしんどいだろうなとは思ったのですが、ネタ順を何回も入れ替えて、ベストの状態で観て頂けたと考えています。今回は沢山打ち合わせをしました。作家の岡島君と鈴木君の前で携帯のボイスメモを回してなんとなくやってみて、形にならないネタはすぐにボツにしていきました。昔は密室で机に向かってでしかネタを書けなかったのですが、最近はコント等はこのやり方で作っています。ですが、全部が全部そのやり方では良くない、昔の様に密室で机に向かって書いた方が良いネタもある、と気付き、今回初めて両方のやり方で作ってみました。ネタやライブの良し悪しはお客様が判断する事ですが、自分としては凄く革命的な事だったんです。恥ずかしながら今更少しだけネタの作り方がわかった気がしました。エンディングでも喋りましたが、一番好きなネタが一番好評だった事が本当に嬉しかったです。シンプルでバカなネタですが、今一番好きなネタです。ライブの打ち上げで観に来てくれた後輩達にネタやライブに関してダメ出しをもらって凄く為になりました。次回はより良いライブにしたいと思います。もっと沢山のお客様に観に来て頂きたかったですが、これは自分が頑張ってメディアに出て「ネタを観たい」と思ってもらえる芸人になるしかありません。精進致します。無理を言って長時間のリハーサルをさせて下さったシアターpooの支配人様、沢山アイデアをくれた作家の岡島君、鈴木君、舞台転換や着替えや照明を手伝ってくれた後輩の皆様、観に来てくれてダメ出しをくれた後輩の皆様、数行のナレーション録りの為にわざわざ来てくれた女性後輩さん(ネタに影響が出る為お名前は伏せます)最高の音源を作って下さった音響の中村さん、そして重ね重ねではありますが、貴重な時間を割いて観に来て下さったお客様、本当にありがとうございました。

2013年2月18日 (月)

御説明

浪花の正統派ピン芸人 コウタ・シャイニングです。こう御挨拶出来る事が本当に嬉しいです。今日は皆様にお伝えしたい事があり、ブログを更新しています。まず、僕がこのブログに書いている事は全て真実であり本心です。ツイッターで小ネタばかり呟いているので、どうせこのブログもふざけて書いていると思われると困るので御理解下さい。それと、僕はよく「病んでいる」とか「狂っている」とか「自殺しそう」とか言われますが、そんな事は無いのでご安心下さい。今まで否定も肯定もしませんでしたが、単に「そうイジってもらった方が場が面白くなるのなら」と思い、演じてきただけです。そもそも僕は病む程嫌な目に合った事もありませんし、狂う程の努力もまだ出来ていませんし、自殺する様な親不孝者ではありません。むしろ健康に気を付けて、一日でも長生きしたいと思っています。「師匠」と呼ばれる年齢になっても、漫談やコントがしたいからです。それに、一お笑いファンとして、僕が70歳、80歳になった頃の若手芸人さんの最先端のお笑いがどうしても観たいです。今は過去の偉大な方々のお笑いはネット等で簡単に観れる時代ですが、未来だけはどうしようも無いですから。長々とすみません。数少ない僕のお笑いのファンの皆様、御心配無く、という御説明でした。

2013年2月15日 (金)

お詫び

「タレントになる」という発言は撤回させて頂きます。御迷惑をお掛けした皆様、御心配をお掛けした皆様、そして応援して下さったファンの皆様、本当に申し訳ありませんでした。僕は2013年1月1日に、本名の「中山功太」から「コウタ・シャイニング」に改名し、本気でタレントを目指すつもりでした。ネタを披露する事も止めようと考えていました。しかし、お笑いから離れようとすればするほど、お笑いへの気持ちは強まるばかりでした。実際に年が明けても僕は何も変わりませんでした。「変われなかった」と言った方が正しいのかも知れません。新ネタを作りライブに出演し、営業で老若男女のお客様にネタを観て戴き、久しぶりにやらせて頂いた単独ライブに、テレビ露出の全く無い僕の様な芸人のネタを観る為に沢山のお客様が足を運んで下さいました。そこには喜びしかありませんでした。今まで以上に、お笑いをやれる幸せと充実感を感じたんです。僕にはお笑いしかありません。しかし僕にはお笑いの才能はありません。ですが僕ほどお笑いが好きな人間には出逢った事がありません。だから今まで通り、努力で補っていこうと思います。いえ、当然、今まで以上の努力をします。「コウタ・シャイニング」は「中山功太」の良かった部分だけを残して、さらに伸ばして、タレント的な技術等の足りない部分を補って、本当の意味で「良い芸人」になります。「コウタ・シャイニング」はタレントではありません。お笑いタレントでもありません。お笑い芸人です。誰よりもお笑いを愛し、努力し、死ぬまで新ネタをやり続ける、ただのピン芸人です。完全に腹は括りました。なお、唯一浮いているバンド活動はあくまでも「趣味」ですのでお許し下さい。他の芸人さんが草野球をしたりゴルフをしたりするのと同じですので。Twitterを通じて数少ないとは言え、応援してくれている方々が居る事を知りました。日本全国に僕のお笑いを求めてくれている方々が居る事を知りました。大阪での単独ライブを待ち望んでいる方々が居る事を知りました。そして、僕がタレントになる事など誰も求めていない事を知りました。必ず皆様に恩返し致します。その一つが「TVで観て戴くという事」なのだとしたら、僕は絶対に売れます。勿論、自分の為でもありますが、何が何でも絶対に売れます。あまり言った事はありませんが、本心で申し上げます。皆様、コウタ・シャイニングを応援して下さい。長々と失礼致しました。

浪花の正統派ピン芸人 コウタ・シャイニング

2013年1月29日 (火)

師匠

僕は吉本興業という会社が好きです。やれギャラが安いだとか、やれ扱いが悪いだとか言う人もいますが、僕は特に不満を感じた事はありません。一番大きな理由として、素晴らしい師匠が沢山いらっしゃるからです。僕は月亭八方師匠を心の底から尊敬しています。あの方の一挙手一投足を見逃したく無いんです。面白さが芸人としての色気に直結していて本当に格好良い師匠です。そして、漫才コンビで大好きな師匠もいます。西川のりお・上方よしお師匠です。僕は大阪府大阪市生まれのバリバリの関西人なので、幼い頃から漫才番組を観る機会が沢山ありました。どの師匠も面白く、松竹芸能さんの師匠も大好きでした。ただ、僕の中で、のりよし師匠は何かが違いました。舞台に出て来た瞬間に背筋が伸びたんです。何を仕出かすか分からない西川のりお師匠に緊張すらしながら観ていました。名前を言うやいなや、上方よしお師匠の頭を掴む事も多かったです。今になって分かる事ですが、よしお師匠は場合によってはあえてツッコまない時もあります。歯を剥き出しにして睨みつけるだけの時があるんです。あれが本当に凄いんです。一時期のりお師匠は「アルマゲドン」「アポロ13」と叫んでよしお師匠の頭を殴っていました。僕は腹がよじれる程笑っていました。昨年の夏、小倉のあるあるYY劇場で、のりよし師匠と初めてコーナーで御一緒させて頂きました。その際、僕は勇気を出して「大好きです」と言ってしまいました。場合によっては失礼にもあたるかも?と心配しましたが、のりお師匠は舞台後、僕をご飯に誘って下さいました。ごく自然にマネージャーさんとよしお師匠も来られました。よしお師匠はエビ天そばを注文なさったのですが、商品が来るやいなや、のりお師匠にエビ天をあげました。その何気無いシーンにお二人のコンビ愛を感じ、感動で涙が出そうになりました。のりお師匠がお会計を払って下さり、二回目の出番の為、劇場に帰る途中、のりお師匠はずっと「原監督の日記、一億やて?(当時話題になった裁判沙汰)何書いてたんやろな?」と仰っていました。僕の出番が終わり、舞台袖から師匠の漫才を観させて頂きました。一本目とは全く違いました。恐らくほぼアドリブです。そしてのりお師匠が切り出しました。「原監督の日記、一億やて?何書いてたんやろな?」よしお師匠はその件を丁寧に説明した上で「さあ、なんやろなあ」と返しました。のりお師匠が言いました。「○○ちゃうか?」爆笑が生まれました。僕は一生、西川のりお・上方よしお師匠のファンです。


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